中小企業の経営者にとって、従業員の賃上げにはかなり慎重になりがちです。
それは給与や賃金が固定費であり、売上が下がったときに急に削減できないためです。
中小企業の賃上げがなかなか進まないのは中小企業の経営環境の厳しさによるところが大きいですが、その現状を変えるため令和6年度税制改正において「賃上げ促進税制」の使い勝手をよくする改正がありました。
(1)賃上げ促進税制の概要
「賃上げ促進税制」(注1)は、前年度と比べて当年度の給与・賃金を増加させた場合に、その増加額に応じて法人税を税額控除できる制度です。
会社の規模に応じて適用内容は異なり、中小企業に特に手厚い内容になっています。
規模 | 規模要件 | 税額控除 |
中小企業者 | 資本金1億円以下など(注2参照) | 雇用者給与(注3)の増加割合に応じて15%から25%の税額控除。追加要件クリアにより最大20%加算 |
中堅企業 | 従業員数2,000人以下 | 雇用者給与の増加割合などに応じて10%から25%の税額控除。追加要件クリアにより最大10%加算 |
大企業 | 規模要件無し | 中堅企業と同様。但し要件は厳しい |
(注1)給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
(注2)次の場合は資本金1億円以下であっても中小企業者としての適用がありません。
①前3カ年の事業年度の所得金額の年平均額が15億円を超える法人
②実質的に大規模法人の支配を受けている法人
(例)発行済株式又は出資の50%以上を大規模法人に保有される法人
③資本金又は出資がない法人で従業員数が1000人を超える法人
(注3)役員は計算の対象外となります。この解説では雇用者の賃金は役員を除いた従業員のみの給与・賃金を指します。
ここからは、中小企業(中小企業者)に限定して説明していきます。
中小企業の税額控除は次の4段階によって控除できる額が変わります。
1段目)雇用者賃金の増加割合が1.5%以上の場合は、増加額の15%の税額控除が可能
2段目)雇用者賃金の増加割合が2.5%以上となる場合は、10%の税額控除を上乗せ可能
3段目)教育訓練費の増加割合が5%以上でかつ教育訓練費が給与支給総額の0.05%を超える場合は、10%の税額控除を上乗せ可能
4段目)子育て両立支援、女性活躍支援の厚生労働省認定を受けた場合は、最大10%の税額控除を上乗せ可能
1から4段階まですべての要件を満たした場合は、雇用者給与の増加額に対してトータル45%の税額控除を受けることができます。
わかりやすく説明するため1から4段階に分けていますが、2から3段目はそれぞれ別個に要件を満たせればそれぞれ適用できます。例えば、1段目と3段目の組み合わせでは25%の税額控除となります。
(2)賃上げ促進税制の改正ポイント
「賃上げ促進税制」には中小企業にとって使いづらい理由がありました。
その年度の法人税額から控除できるのは、法人税額の20%を上限とする
「賃上げ促進税制」は令和5年度(2023年度)以前からありましたが、法人税の上限を超えた部分は切り捨てられ、大幅に賃上げしても無駄となっていました。
令和6年度(2024年度)税制改正では、中小企業に限り法人税額の上限を超えた残りを5年間繰り越すことができるようになりました。賃上げを行った年度で税額控除を使い切れなくても後年度の利益から税額控除できるので賃上げが無駄になりません。
例えば、雇用者給与の増加額1000万円、控除可能割合35%、法人税額500万円とした場合、令和6年度の法人税の税額控除は次になります。
a賃上げ促進税制による税額控除 350万円(1000万円×35%)
b法人税の控除上限 100万円(500万円×20%)
令和6年度の税額控除はa>bにより100万円となり、法人税は400万円となる
a-bの残り250万円は、令和6年度以降の5年間で繰り越して税額控除していきます
令和5年度以前は上記の250万円は切り捨てとなっていました。
さらに赤字の場合は、法人税額がゼロとなり、いくら賃上げしても税制控除は全く使えませんでした。
このように令和5年度以前は、会社にとってある意味“無駄な賃上げ”になりがちでした。
令和6年度以降は、仮に赤字の年度に賃上げを行っても翌年以降5年繰越して繰り越して利益が出た年度に税額控除することができ“賃上げが無駄にならない”ようになりました。
この改正は法人の場合、令和6年4月1日から令和9年3月31日までに開始する各事業年度となります。決算月では、令和7年3月31日を決算日とする会社から適用できます。
(3)賃上げ促進税制の活用
令和6年度税制改正により中小企業は賃上げを積極的に行うことができるようになりました。
5年間繰り越して税額控除できることは中小企業にとっては大きなメリットですので、上手に活用したいところです。
大企業の場合は、前期から継続している雇用者の賃金が増加しているかの要件がありますが、中小企業には雇用者の継続要件がありません。これも中小企業のメリットです。
中小企業のメリットを活かした「賃上げ促進税制」の活用法としては次が挙げられます。
①当年度に新規雇用者を増やす
②臨時の決算賞与を支給する
①当年度に新規雇用者を増やす
中小企業の「賃上げ促進税制」では、新規雇用者の給与・賃金はそのまま増加額として反映されます。
たとえ前年度から継続して雇用されている従業員の給料・賃金が少ししか上がっていなくても、当年度の総額は増えますので要件を満たしやすくなります。
事業拡大を進めるべく雇用者を増やしている中小企業にとっては活用しやすい対策です。
②臨時の決算賞与を支給する
決算賞与とは、会社の決算月に利益の状況を見て、臨時的に支給する賞与のことです。一般的には業績を予測して支給されるため支給の有無や金額が毎年変わることが多いですが、利益目標を従業員と共有することで従業員のモチベーションを上げる効果もあります。
決算賞与は会社の決算見込みに応じて支給されるため、それ自体が損金(経費)として計上され法人税を圧縮する節税効果があります。
「賃上げ促進税制」においては賃金の増加額として計算でき、税額控除のメリットが活かせます。
なお決算賞与は当年度内に実際に支払うことが前提です。資金繰りの都合などやむを得ず未払処理をする場合には、次の要件をすべて満たす必要がありますのでご注意して下さい。
●支給額を決算確定前に社員ごとに確定し本人に通知していること
●その金額を決算日に未払金として経理処理していること
●決算日から1ヶ月以内に実際に支給していること
(4)賃上げを促進する金融支援
日本政策金融公庫(日本公庫)には「賃上げ貸付利率特例制度」という制度があります。
「賃上げ貸付利率特例制度」は、通常の融資利率から年0.5%を2年間控除することで金利負担を軽減する特例措置です。 設備資金および運転資金のいずれも対象となります。
対象となるのは中小企業で雇用者給与等支給額が前期に比べて2.5%以上増加する見込みか既に実施した企業です。
なお融資額は、通常の限度額となり加算がされるものではありません。
以上、令和6年税制改正により使いやすくなった「賃上げ促進税制」について説明しました。
ポイントに絞っており適用要件など説明を省略した部分があり、また執筆時点の情報に基づいており今後の改正により変更となる場合があります。会社として適用する際には税理士にご相談下さい。